毎月の利用料はかかりますが、ネット上のプライバシーを守るうえでVPNはもはや必須のサービスです。とくにカフェや空港のフリーWi-Fiを日常的に使うノマド、ISPや当局による監視を避けたい人、そして「自分のデータは自分で守る」という発想を持つGrapheneOSのようなユーザーにとっては、入れておいて損のない投資だと思います。

Proton VPN

ただ、ひとくちにVPNと言っても中身は千差万別で、「どこのVPNを選ぶか」は「誰に自分の通信を預けるか」とほぼ同義です。そこでこの記事では、プライバシー志向のユーザーから定評のある2つ ——MullvadProton VPN—— を、匿名性・管轄・機能・支払い方法・コストの各面から具体的に比較していきます。月数ユーロの差で何が変わるのか、ぜひ最後まで読んでみてください。

そもそも、なぜVPNを使うのか

Mullvad VPN

VPN選びの前に、「自分は何のためにVPNを使うのか」をはっきりさせておくと、MullvadとProtonのどちらが合うかが自然に決まります。理由は大きく分けて次の通り。

  • 通信の暗号化 — カフェ・空港・ホテルなどの公衆Wi-Fiでは、同じネットワーク上の第三者やWi-Fi提供者に通信を覗かれるリスクがある。VPNは端末からVPNサーバーまでの通信を暗号化し、これを防ぐ。
  • IPアドレス(=位置・身元の手がかり)の隠蔽 — 接続先のサイトやサービスに、自分の本当のIPアドレスを見せない。トラッキングや位置の特定を難しくする。
  • ISP(プロバイダー)からの監視・記録の回避 — 国によってはISPが閲覧履歴を記録・販売・当局へ提出する。VPNを通せばISPからは「VPNに繋いでいる」ことしか見えなくなる。
  • 検閲・地理的制限の回避 — 特定の国やネットワークでブロックされたサービスへアクセスする。
  • トラフィック解析への対策 — 通信のタイミングや量のパターンから、誰が何をしているかを推測する高度な攻撃への防御(後述のDAITAが関係する領域)。

重要なのは、VPNを使うとISPやWi-Fi提供者の代わりに「VPNプロバイダー自身」があなたの通信の入り口を握るという点です。つまり「誰を信頼するか」を移し替えているだけ。だからこそ、プロバイダーの匿名性・ログ方針・管轄が決定的に重要になります。ここがMullvadとProtonで大きく分かれます。


結論から

「脅威モデル次第だが、プライバシーを本気で重視するなら Mullvad、コスト削減が目的なら Proton VPN」

ただし、この2つは思ったより差があるので整理します。


本質的な差:アカウントの匿名性

これが最大の違いです。

Mullvad Proton VPN
アカウント作成 番号のみ(メール不要) Protonアカウント(メール紐付け)
支払い 現金(郵送)・Monero・カード カード・crypto(Protonアカウントに紐付く)
身元との紐付け ほぼ不可能(現金払い時) Protonアカウント経由で紐付くリスク
ログ開示要求が来た時 渡せるデータが構造的に存在しない アカウント情報は存在する

Mullvadで現金払いをしているなら、VPNプロバイダーとあなたの間に一切の個人情報が存在しないという状態が実現できます。Proton VPNではこれは原理的に不可能。

先ほどの「VPNは信頼の移し替え」という観点で言えば、Mullvadは信頼すべき相手にすら自分が誰かを教えない設計になっている、というのが核心です。

支払い方法の比較

匿名性の話をもう一歩具体化します。どう支払うかは匿名性に直結するので、料金以上に重要なポイントです。

支払い方法 Mullvad Proton VPN
クレジット/デビットカード ○(事実上のメイン
PayPal ✗(2023年廃止)
銀行振込
現金(封筒に入れて郵送)
Bitcoin (BTC)
Bitcoin Lightning
Monero (XMR)
その他暗号資産 ○(BTC系・Monero中心) △(BTCのみ中心)

読み解き方:

  • Mullvad は「身元と切り離せる支払い手段」が揃っているのが特徴。とくに現金の郵送Moneroが決定的です。Moneroは送金額・送金元・送金先がチェーン上で追跡できない設計なので、BTCと違って「後から取引を辿られる」リスクが原理的に小さい。アカウント番号と組み合わせれば、Mullvad側にメールも氏名も決済情報も残らない状態が作れます。
  • Proton VPN は暗号資産(主にBTC)に対応しているものの、クレジットカードが事実上のメインで、しかも支払いがProtonアカウントに紐づきます。さらにBTCはブロックチェーン上で取引が追跡可能なため、「crypto対応=匿名」とは言い切れません。

ポイントは「支払い手段の匿名性」と「アカウントの匿名性」は別物だということ。たとえProtonをBTCで払っても、Protonアカウント(≒メール)と紐づいている時点で、Mullvad+現金/Moneroのような“構造的にデータが存在しない”状態にはなりません。

🌾:Mullvadの現金支払いを2回ほど利用しました。問題はなく、送って大体1ヶ月後に更新されました。

管轄・法的リスクの比較

Mullvad Proton VPN
本拠地 スウェーデン スイス
情報共有圏 14 Eyes加盟国 非加盟(独立)
実績 ノーログ監査済み・開示実績なし ノーログ監査済み・2021年メール事件あり

補足:

  • スウェーデンは14 Eyesだが、Mullvadはそもそも渡せるログがない設計
  • 2021年のProton事件はメールサービスの話でVPNとは別インフラ。ただし同一アカウントで使っている場合、アカウント情報が開示対象になりうるという点は留意が必要

機能比較

機能 Mullvad Proton VPN
WireGuard
マルチホップ ○(Secure Core)
Kill Switch
広告ブロック(DNS) ○(NetShield)
Tor over VPN(専用サーバー)
難読化(検閲回避) ○(Stealth)
DAITA ○(独自・最先端)
サーバー数 約700 約6,000
同時接続数 5台(固定) プランによる(Plusで最大10台)

同時接続数についての補足: Mullvadは一律5台までで、ここは正直少し残念なポイント。ラップトップ・スマホ・タブレット・サブ機・ルーター…と端末を多く抱えるユーザーだと、すぐに上限に当たります。ProtonはPlus/Unlimitedなら最大10台と余裕があるため、多デバイス運用は明らかにProtonが有利

ただしMullvadで多台をまとめたい場合は、ルーター自体にWireGuardを設定してルーター下を一括でVPN化すれば、その配下の端末は何台あってもカウント上「1台」扱いにできるので、回避策は一応あります。

Tor over VPNについての補足: Mullvadの ✗ は「専用のTor-over-VPNサーバーを持たない」という意味であり、Torと併用できないわけではありません。Mullvadに接続した上でTor Browserを使う運用は普通に可能です。Protonは✗の手間なくワンクリックでTor出口に繋がる専用サーバーを用意している、という違い。

DAITAとは: Defense Against AI-guided Traffic Analysis。トラフィック量や通信パターンからVPN使用を検知・分析する技術への対策。冒頭で挙げた「トラフィック解析への対策」を具体化したMullvad独自の機能で、現状他社にはない。

実際のお金の話

費用
Mullvad €5/月(固定・都度払い:他通貨対応)
Proton Unlimited(VPN込み) 約€10/月(Mail+Drive+Calendar+VPN)
両方 約€15/月

支払いモデルについての補足: Mullvadは2023年に自動更新(サブスク)とPayPalを廃止し、現在は一律€5(US$やCA$現金での支払いも可能)の都度払い(使う分だけチャージ)モデル、仮想通貨払いなら10%割引です。「勝手に課金が続くサブスク」ではない点は匿名性・課金管理の両面でむしろ長所。一方Protonは年契約で割引が効くため、上記は月換算の目安。

どちらを選ぶべきか:タイプ別ガイド

ここまでの比較を、「どんな人にどちらが向いているか」に落とし込んでみます。自分の状況に近い方を選んでください。

Proton VPN が向いている人:

  • 脅威モデルが「広告トラッキング・公衆Wi-Fi」程度
  • すでにProtonアカウントを持っており、コストを統合したい
  • Tor over VPNサーバーを使いたい
  • 多デバイス(最大10台)で使いたい
  • 匿名性より利便性を優先したい

Mullvad が向いている人:

  • 現金/Moneroで支払いをしたい(本当の匿名性)
  • VPNプロバイダーに自分の身元を知られたくない
  • DAITAのようなトラフィック解析対策が必要
  • 活動家・ジャーナリスト・高リスクユーザー
  • Protonアカウント自体が標的になるリスクを考慮している

個人的な見解

MullvadとProton VPNは「どちらが上か」ではなく設計思想が違うVPNサービスです。

Mullvadは「VPNプロバイダーとの関係を最小化する」哲学。Proton VPNは「信頼できるプロバイダーに預ける」哲学。冒頭で触れた「VPNは信頼の移し替え」という問題に対して、両者は真逆のアプローチを取っているわけです。

GrapheneOSを使うようなユーザーが前者の思想に共感するなら、Mullvadを維持する意味は十分にある。コストが問題でないなら両方維持して、用途に応じて使い分けるのも実はアリです——例えば日常用はProton VPN、特にセンシティブな操作時はMullvad、という使い方もあります。

旅人で手元にUS$やEURの現金を持っていたら、Mullvadの利用を考えてみたら良いですよ。