2026年、株式市場は乱高下している。NISAで含み損を抱えた個人投資家の悲鳴が報道され、「投資はやはり怖い」という空気が広がり始めた。
そこに、しれっと流れてきたニュース、「日本国債もNISAの非課税枠で買えるよう検討へ」(ちょっと色んな意味で露骨になってきてる感じを受ける。)。https://news.yahoo.co.jp/articles/542c652bce130abe037f3f1df254b4c5f510b97a
「元本保証」「非課税」「国が発行する安定資産」。三重のポジティブ・ラベルを貼られたこの商品に、多くの人が飛びつくだろう気配がある。
だが、株が怖くなったちょうどそのタイミングで、国債を差し出してくる。この順序は偶然だろうか。
本記事は、日本国債の投資価値を数字で冷徹に評価し、この動きの背後にある構造を分解する。結論を先に言えば、
個人がNISAで日本国債を買うことは、ほぼすべてのケースで合理的でない。
理由を順に示す。
なぜ「今」なのか?買い手不足という構造
日銀は現在、金融政策の正常化を進めている。国債の保有比率は発行残高の約50%超。この巨大な保有を減らしていくには、誰かが引き受けなければならない。
残された買い手候補の状況は厳しい。
| 主体 | 状況 |
|---|---|
| 銀行 | ALM制約で無制限には買えない |
| 生保・年金 | ほぼ飽和、追加余地は限定的 |
| 海外投資家 | 為替ヘッジコストで実質マイナス利回り、買う理由なし |
| 家計 | 金融資産2100兆円、うち半分以上が現預金——最後の受け皿 |
日本の家計金融資産のうち、約6割は60歳以上が保有しており、その大半は預金で眠っている。政府から見れば、動員したい最大の資産プールがここにある。
そこで用意されたのが「NISAで国債」というパッケージ。「貯蓄から投資へ」というスローガンの下、実質的には日銀が減らす国債を家計が引き受ける出口戦略として機能する。
「非課税」の恩恵を数字で検証する
抽象論を離れて、実際のリターンを計算する。
前提条件
- 元本:100万円
- 期間:10年(利子は再投資と仮定)
- 10年物JGB利回り:1.5%(2026年時点の水準)
- 課税口座:源泉分離課税 20.315%
- NISA枠:非課税
名目金額と実質購買力(10年後)
| 運用方法 | 名目金額 | インフレ2% | インフレ2.5% | インフレ3% |
|---|---|---|---|---|
| NISA国債(1.5%) | 116.1万円 | 95.2万円(▲4.8) | 90.7万円(▲9.3) | 86.3万円(▲13.7) |
| 課税口座国債(1.5%) | 112.6万円 | 92.4万円 | 88.0万円 | 83.8万円 |
| 現預金(0%) | 100.0万円 | 82.0万円 | 78.1万円 | 74.4万円 |
読み方:10年後、100万円分の商品を買う「力」がいくら残っているか。
読み取れる事実
- NISA国債でさえ、どのインフレシナリオでも実質マイナス
- インフレ2.5%(現状に近い)なら、10年で購買力が約9%減少
- 「非課税」の恩恵はあるが、そもそも利益が薄いので恩恵も薄い
- 課税口座との差は3.4万円程度——インフレによる目減りの前では誤差
損益分岐点
NISA国債1.5%が実質プラスになるには、インフレ率が1.5%以下である必要がある。
- インフレ1.0%:+5.1万円(実質プラス)
- インフレ1.5%:ちょうどトントン
- インフレ2.0%:▲4.8万円
- インフレ2.5%:▲9.3万円
日銀のインフレ目標は2%、現状のコアCPIは2%台前半。政策的に、JGB保有者が実質マイナスになるよう設計されている構造である。
同じNISA枠を他の資産で使ったら
NISAは非課税という限りある枠である。同じ枠を他の資産で使った場合の実質購買力(インフレ2.5%想定、10年後):
| 投資対象 | 想定年利 | 名目 | 実質購買力 | 実質増減 |
|---|---|---|---|---|
| JGB (NISA) | 1.5% | 116万円 | 90.7万円 | ▲9.3万円 |
| 全世界株式 | 6% | 179万円 | 139.8万円 | +39.8万円 |
| S&P500 | 7% | 197万円 | 153.7万円 | +53.7万円 |
| ゴールド | 5% | 163万円 | 127.3万円 | +27.3万円 |
同じ非課税枠を使うなら、機会損失は約50万円レベル。
そもそも「非課税」という仕組みは、運用益が大きく出た時ほど恩恵が大きくなる設計である。年1.5%しか増えない商品に非課税枠を使うことは、この制度の趣旨を最も無駄にする使い方と言える。
見落とされているリスク
上のシミュレーションは「満期まで持ち切った最良ケース」である。実際には以下のリスクが上乗せされる。
リスク1:金利上昇によるキャピタルロス
10年債を利回り1.5%で買った後、市場金利が2.5%まで上昇すれば、途中売却時の価格は約9%下落する。日銀の正常化が続く局面では現実的なリスク。
「満期まで持てば額面は戻る」というが、10年間の資金拘束を受け入れる覚悟がなければ意味がない。
リスク2:生活実感インフレは統計値より高い
CPIは「2%」でも、輸入依存が強い品目(エネルギー、食料、海外旅行など)は5〜10%の上昇が普通に起きる。円安が加速すればさらに悪化する。
上のシミュレーションはCPIベースの控えめな計算であり、実際の生活実感ではもっと負ける可能性が高い。
リスク3:円建て縛りによる機会損失
10年間、円建ての低利回りに縛られるということは、円安と海外資産価格上昇の恩恵をゼロで見送るということ。
過去10年、円建てS&P500インデックスは約4倍になった。同じ10年、JGBを保有していれば実質マイナスである。この差は今後10年も同じ構造で発生し得る。
「相続に良い」という売り文句の解剖
一部の記事では、「NISAで国債は相続対策にもなる」という主張が見られる。これは事実として誤りであり、高齢者の情動を狙った悪質な売り文句である。
相続時の扱いを整理すると:
- NISA口座:死亡日の時価で相続人の課税口座へ払い出され、被相続人の含み益は非課税のまま消滅。相続人の取得価額は死亡日時価にステップアップ
- 特定口座:取得価額をそのまま引き継ぐため、相続人が売却する際に被相続人時代の含み益にも課税される
基本事実
- NISAは相続できない:本人死亡時点で口座は終了し、相続人自身のNISA口座に非課税のまま移すことはできない
- 相続税は普通にかかる:評価方法は資産の種類ごとに定められている(預金は額面、上場株式・国債は死亡日時価等)が、口座がNISAか特定口座かで評価額が変わることは一切ない
- NISAだから相続税が減ることは一切ない
売り文句と実際
| 売り文句 | 実際 |
|---|---|
| 「元本保証だから子供に迷惑をかけない」 | 預金と同じ。特別な優位性なし |
| 「NISAで非課税」 | 非課税は本人生前のみ。相続時にNISAは終了 |
| 「安定資産で相続しやすい」 | 現金・預金の方が流動性高く相続しやすい |
本物の相続対策
相続で実際に効くのは、以下である:
- 生命保険の非課税枠:500万円×法定相続人数
- 不動産の小規模宅地特例:条件次第で評価額80%減
- 生前贈与の各種特例:教育資金、住宅取得資金など
日本国国債に相続税上の優遇は一切存在しない。この売り文句を書いている記事は、筆者が理解していないか、理解した上でミスリードしているかのどちらかである。
狙われているのは誰か
高齢者に効くキーワードを、意図的に組み合わせている:
- 「子や孫のために」(愛情フック)
- 「迷惑をかけない」(罪悪感回避)
- 「元本保証」(損失回避)
- 「非課税」(お得感)
これを一つのパッケージにするのが「NISAで国債」というプロダクト。行動経済学の教科書に載せられるレベルのターゲティングである。
「安定資産」というラベルの罠
最後に、この商品を包む一番大きなラベル、「安定資産」について整理する。
- 名目上の元本保証:正しい。10年後、額面は戻る
- 実質購買力の保証:存在しない。10年で確実に目減りする
「元本保証」という言葉が、多くの人の頭の中で「価値の保証」と混同されている。この混同を、売り手側は正さない。言葉の曖昧さが、意図的に利用されている。
安定しているのは名目金額であって、その名目金額で買える物やサービスの量は減り続ける。これは「安定」ではなく、「静かな減価」である。
個人はどう動くべきか
以上を踏まえた実践的な指針。
1. NISA枠は成長資産に使う
非課税恩恵を最大化するには、期待リターンの高い資産を入れる。全世界株式、S&P500、テック集中型ETFなどが素直な選択。JGBで枠を埋めるのは、非課税枠の最大の無駄遣いである。
2. どうしても円建て安全資産が必要なら
短期債(1〜3年)にとどめる。長期債は金利上昇局面でキャピタルロスの直撃を受ける。また、そもそもNISA枠を使う意味は薄いので、課税口座で買っても差は小さい。
3. 家族に事実を伝える
親や祖父母が「NISAで国債を買った、相続対策になる」と言い出したら、それはミスリードされている。優しく、事実を伝える。投資判断は自分だけでなく、家族単位で守るべきものである。
おわりに:合法的で、公表されていて、選択の自由もある
現在起きていることは、違法でも隠蔽でもない。すべて公表されており、選択の自由もある。
だからこそ、気づかない人が損をする構造になっている。
「NISA」という投資推奨の衣を着せ、「元本保証」「非課税」「相続に良い」というポジティブなラベルを重ね、株価急落で不安になったタイミングで差し出す。。洗練された販売設計である。
数字は嘘をつかない。国債は10年で購買力を確実に減らす商品であり、非課税枠の使い方として最も非効率な選択肢である。
このことを理解した上で、それでも買うなら自由である。しかし、理解せずに買わされるのは避けたい。
この記事が、判断材料の一つになれば幸い。(未だ検討段階ではあるようですが。)